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機械設計学研究室

研究室史History

 研究室の発展と現状
      [岡山大学工学部二十年史(昭和55年10月23日 発行)より抜粋]
 機械加工学研究室 (旧名:機械工作講座)
 本講座は昭和38年4月に設置されたが,学科の事情により,設置以前の昭和35年8月から菊池進教授が本講座を担当し,和田力助教授とともに,機械工作に関連する教育・研究を行った.
 昭和39年4月に菊池教授と和田助教授は新設の生産機械工学科へ所属換えとなり,その後任として山田敏郎教授が昭和39年4月から北川茂講師の協力の下,本講座を担当したが,昭和43年4月 山田教授は京都大学へ転出した.
 昭和43年4月,藤田公明が教授として着任,機械製作・機械設計学・機械力学・機構学などの講義および機械設計製図を担当し,研究面では,歯車の強度設計・潤滑などに関して実用的な優れた研究成果を上げた.
 また北川講師は,薄鋼板の成形性に関する研究を行っていたが,昭和43年3月に福井大学工学部に転任した.
 昭和44年8月に小幡文雄が助手として採用され,昭和45年4月に吉田彰が助教授として着任し,藤田教授の下で歯車に関する研究を行った.
 昭和47年4月に藤田教授,吉田助教授,小幡助手は機械設計学講座に移ったが,藤田教授は昭和49年9月まで本講座を併任で担当した.
 昭和47年4月に細川智生助教授が材料力学講座より移ってき,昭和48年3月に助手として採用された中川平三郎とともに,塑性力学および塑性加工の研究を行ったが,昭和49年6月に細川助教授は岡山理科大学へ教授として転出した.
 この間,昭和47年4月より生産機械工学科から移ってきた大岸真爾が助手として所属したが,同年7月に辞職している.
 中島利勝は,昭和48年10月に助教授として着任,昭和49年10月に教授に昇任して以後,学部における機械製作・切削工学・精密加工学の講義などを,大学院における切削工学特論・精密加工学特論の講義などを担当し,昭和50年10月に講師として着任した宇野義幸および中川助手とともに,精密加工に関連する実験・研究を行っている.
 研究は主として研作砥石・研削機構・研削能率・研削精度・研削加工面の特性・研削加工の最適化などに関して行っており,昭和49年4月には,研削における加工表面特性の研究に対して,精機学会青木記念論文賞を受賞した.
 なお,本講座は,昭和54年4月に講座名を機械工作から機械加工学へと変更した.
 機械設計学研究室 (旧名:機械設計学講座)
 昭和47年度 概算要求の結果として,教授1,助教授1,助手1,教務員△1の定員配置で機械設計学講座の設置が認められ,昭和47年4月1日に機械工学科 第5講座として発足し,このときそれまで機械工学科・機械工作講座を担当していた藤田公明教授および吉田彰助教授,小幡文雄助手は機械設計学講座に配置換になった.
 次いで昭和54年4月 応用機械工学科の新設の際,動力工学講座とともに機械工学科より配置換になった.
 機械設計学は注文仕様に従って思考をまとめ,これを図面化して製作段どりを決定し,製作された機械が要求されている運動性能を満足するものであることを確認するまでの間の諸問題を解決することを目標とする広範囲の研究分野であるが,時に短絡されて機械要素の設計法を研究対象とするものであると考えられていることがあるが,これは誤っている.
 本講座はこれらの応用的分野の教育,研究を目標とする.
 従って教育に関しては機械設計学の基礎をなす機構学,機械設計学,機械力学およびこれらに関連する設計製図,実験実習を担当し講義している.
 研究分野としては歯車装置の設計法を主対象としている.
 すなわち歯車の曲げ強さに関しては小幡助手とともに大クラウニング歯車の曲げ強さ計算法を与え,歯面強さに関しては吉田助教授が中心となり,特に表面硬化材料の表面強さおよび破壊機構を解明するとともに表面硬化歯車の表面強さ設計法に関する多くの示唆を与えた.
 一方,潤滑および潤滑油膜破損に原因して生じるスコーリング損傷に関しては小幡助手が中心となって歯車噴射潤滑機構を解明し,さらに4球試験,2円筒試験によって潤滑油の焼付挙動を温度面から解明するとともに,潤滑油の耐負荷能試験法を理論面より追及し,潤滑に関する設計上の有用な指針を多く与えた.
 一方では歯車の振動,騒音は環境問題とも絡み合って問題となるところで,この面を対象とする歯車の動的性能に関しても研究室をあげて積極的に取り組んでいるところである.